
感謝レターで想いをつなごう。
2020年10月より、りそなクラブ・関西みらいクラブがリニューアルし、家族みんなでおトクになれるファミリー向けの家族サービス(ふぁみりそな)がスタートしました。
そこで、芸能界きってのおしどり夫婦で仲良しファミリーとしても知られる、佐々木健介さん・北斗晶さん夫妻に、前編として佐々木健介さん、後半として北斗晶さんに夫婦円満の秘訣やご家族の仲睦まじいエピソードをお伺いしたいと思います!

出会いから1ヵ月の
スピード婚
北斗晶さんとの出会いはいつだったのですか?
1995年の北朝鮮ですね。当時、僕は新日本プロレスにいて、アントニオ猪木さんが開催された「平和の祭典」に参加していました。そこに女子プロレスの選手も4人招待されていて、試合後の食事会で初めて会いました。たまたま僕の隣の席に来て、「よろしくおねがいします」って言ったのが、初めての会話ですね。

北斗さんのことはご存知だったのですか?
僕、女子プロにあまり詳しくなくて、よくは知らなかったんです。プロレス雑誌を見るときも、すごい怖いメイクをしている人達のページは飛ばしてたんですよ。帰国後に仲間のレスラーに「北斗晶はデンジャラスクイーンって呼ばれているよ」って教えられて、ええっ!?って。雑誌を見返したら、僕がいつも読み飛ばしていたページの人でした(笑)。
その食事会で意気投合された?
いえ、ろくに喋ってもいないんです。でも、食事会の途中でパッと彼女を見たときに「あ、俺の嫁さんになるな」と、思ったんですよ。当時、僕が思っていた理想の女性像とはだいぶ違っていたので、あれ、どうしちゃったんだろう俺?って思いました。酔っぱらったのかな?って(笑)。だって、黒髪の人がいいと思っていたのに、彼女の髪はまっきんきんでしたから(笑)。でも、直感的に「結婚する」と思った。それが最初の出会いでした。
そこから1ヵ月で結婚された。
日本に帰ってからも気になったので、毎晩彼女に電話しました。1ヵ月後くらいに僕のマンションに遊びに来てくれたとき、「何度生まれても一緒になろう」と言ったんです。彼女は「あー、はい、ありがとうございます」って冷めた感じでね。後で言われたんですけど、プロポ―ズはもっとシンプルな言葉の方がよかったらしいです(笑)。
健介的「夫婦円満の3か条」
結婚25周年を迎えられたそうで、
おめでとうございます。
夫婦で仲良く過ごす秘訣を3つ教えてください。
うーん……、なんだろう。まず、「あ、やばい」って思った時にはすぐ「ごめん」って言う。それから、小さなことでも何かやってもらったときは「ありがとう」と絶対言います。あとは、手をつなぐ、かな。
素敵ですね。
どんな時に手をつなぐのですか?
買い物に行くときとか、割と頻繁につなぎますね。なんか中学生みたいですけど(笑)。
すぐ謝るとのことですが、「やばいと思う瞬間」の北斗さんはどんな感じですか?
声のトーンが変わります。ちょっと低くなって、「あぁ?」って(笑)。あ、やばいって思ったら、すぐ謝りますね。
最近は謝るのが苦じゃないというか、むしろ楽しくなってきました。
北斗さんから謝ることは……
ないです(笑)。最初の頃は僕も言い返していたんですよ。でも、言い合いになると知らないうちに負けていて、言わなきゃよかったと後悔する自分がいる。だから今は、自分が謝って丸くおさまるならそれでいいと思っています。
たまに、ごめんねって半笑いで言うと、「なに笑ってんのよ!」ってまた怒られるんですけど、最後は二人とも笑って終わっていたりする。だから、なんでもない「ごめん」という言葉は、結構大切だと思いますね。

では、喧嘩にはならない?
今まで、喧嘩をしたことはないですね。一方的にがーっと言われることはありますけど、大きな喧嘩はないです。子どものことも夫婦で話し合いながら決めてきましたし、結構意見が合うんでしょうね。

北斗さんのかわいらしいところは、
どんなところでしょう?
動物の番組を見たり、動物に接したりすると声のトーンが高くなるところ。あと感動系のテレビ番組で号泣するところ。一度「よく泣くね」って言ったら「あんたもそうじゃない」って言われました(笑)。そういえば、テレビを見ながら夫婦で泣いていることが、よくあります。ティッシュの箱を渡し合いながらね。
北斗さんが大病をされた時は、
改めて存在感の大きさを感じられたのでは?
そうですね。ショックでしたし、不安もありました。入院してからは毎日、仕事が終わったあと病院に行っていましたが、心配しているところは見せたくなくて、普段通りに明るく接するようにしていました。息子たちもそんな感じでしたね。
海外に旅立つ長男に涙がほろり
健介さんはイクメンの先駆者、
というイメージがあります。
子育てって大変じゃないですか。でも、単純に自分がやりたかったんです。最初の頃は、赤ちゃんをお風呂に入れるのも力が入りすぎて、汗をダラダラかきながらやっていました。腕の上に寝かして、怖がらないようにガーゼをかけてあげてね。体重は軽いのに、腕の筋肉がパンパンになったりして。それでも、なんか嬉しかったんです。子どものために自分がなにかやってあげられることが嬉しかった。

ご長男はカナダに留学されているそうですね。
今はコロナの影響で、日本に戻ってきています。最初、カナダに行った直後は寂しすぎて、寝る前に長男の部屋に入って、ベッドの上に座ってぼーっとしたりしていました。その後、一時帰国して再びカナダに向かう長男を成田まで車で送ったことがあるのですが、帰り道に車を運転していたら、また涙がぼろぼろ出てきちゃって。横に北斗がいたんですけど「なに、私より先に泣いてんだよ!」
って怒られました。最終的には二人で笑いながら家に帰ったんですけどね。
コロナが落ち着いたら、彼はまたカナダに行くと思います。でも僕も寂しさに慣れてきました。SNSで簡単に連絡が取れる時代ですし、「向こうで頑張ってるんだな」と安心できるようになりましたね。
成長された息子さんたちと、
どんな風に接していきたいですか?
長男も次男も後悔しないように生きてほしいと思います。そのために親として、最大限の応援はしてあげたいですね。僕が子どもたちから教えてもらうこともあるでしょうし、友達みたいにつきあっていければいいな、と思います。
家事は「気付いた方」がやる
健介さんも北斗さんも日々お忙しいと思います。
家事分担などのルールはありますか?
僕、結婚したばかりの頃、結婚ってものがよくわかってなくて、家事をまったくしなかったんです。そしたらある時、「あたしは家政婦じゃねえんだ!」ってブチ切れられて(笑)。そこから家事をやり始めました。昔も今もルールは特にありません。ただ「気付いた方がやる」ようにしています。洗濯ものがたまっていたら洗って干す、彼女が料理を作ってくれたら、自分が洗いものはやるとか、そういう感じ。たまにリビングで彼女が横になっている時に掃除機かけて、「うるせーっ」て怒られるんですけどね(笑)。
お互いがカバーしあう、理想的な関係ですね。
家事もそれ以外のことも、彼女からかなり教育をうけました。日々の教育って大事ですよね(笑)。僕、昔はポイントカードは持たない人間だったんです。でも買い物をしていて「もったいねえだろう!」って怒られて、今は財布のなかにポイントカードの束が入っています。彼女は頭をフル回転させて、ポイントに最大限の注意を払うタイプですが、最近、僕もその楽しさがわかってきました。コツコツ使っていると、こんなにお得になるんだ、という喜びがありますね。

りそなクラブ・関西みらいクラブでは、
ご家族でポイントを共有できる
家族サービス(ふぁみりそな)のサービスも
始まりました。
実は僕の財布の一番出しやすいところには、埼玉りそな銀行のデビットカードが入っていて、コンビニの買い物から結婚記念日のプレゼントまで、ポイントを考えて使っています。自分で言うのもなんですが、ヘビーユーザーです(笑)。ためたポイントを交換して、コンビニの買い物に使えるのも便利ですよね。「ふぁみりそな」もぜひ、家族で使いたいと思います。
後編は佐々木健介さんのインタビューを
受けて、
奥様の北斗晶さんへのインタビュー
を2021年1月頃予定しています。
感謝のビデオレターを見た北斗晶さんの
反応など、
どのようなインタビューが
聞けるか楽しみです!
後編を是非ご覧ください。
佐々木健介
1966年8月4日生まれ。福岡県出身。
1986年2月後楽園ホールにてプロレスデビュー。以降、数多くのタイトルを獲得。2003年フリーランス宣言。各団体にフリーとして参戦し幅広い活躍を見せ2004年度プロレス大賞 MVP、2005年度年間最優秀ベストバウト賞を受賞。2014年2月引退。私生活では2児の父親。 タレントとしても恐妻家として人気を博し、普段リング上でみせる厳しい表情からは想像できない優しい笑顔を振りまいている。
北斗晶
1967年7月13日生まれ。埼玉県出身。
2002年女子プロレスを引退し、夫・佐々木健介のプロレスマネージャーとしてセコンドにつき活躍。その後、主婦タレントとして歯に衣をきせぬ発言で多くのテレビに出演し人気を博す。私生活では男の子2人の母であり料理・裁縫を得意とし、テレビのイメージとはまた違った良き母親としての一面も持ち合わせている。その料理の腕前は中々のものでテレビ番組・雑誌等で紹介されている。